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hiroのブログ

ステレオタイプが才能に影響を与えるんですか?

前回のフランツ・ファノンの
「黒い皮膚 白い仮面」から
(参考:https://amzn.to/3r1RIJ9

ステレオタイプが、
個人の才能、選択、モチベーション
などに多大な影響があることを知り
こちらの本を読んでみました。

「ステレオタイプの科学」
~社会的刷り込みは成果にどう影響し、
私たちはなにができるのか?~
(参考:https://amzn.to/3bCgs4c

 

本日は
次の3つと最後のおまけです。

1.「ステレオタイプ」って何よ。
2.なんで才能に影響があるの?
3.「他人のまなざし」が自己を規制する

 

ステレオタイプって何よ。

 

社会的に浸透している
先入観、思い込み、固定観念、信念等

のことです。

 

わかりやすい例は
血液型です。

A型は神経質、B型はわがまま、
O型は気前が良い、AB型は風変わり

みたいな感じありませんか?

「そうか、やっぱりA型か。」みたいなことです。

 

ほんの少し前には、
長子、中間子、末っ子、一人っ子などの
気質などでも一般化されました。
(参考:https://amzn.to/3qikiot
読み物的にも面白いです)

 

より大きなカテゴリーでは、
年齢、健康面(メンタル)、政治的な志向なども
ステレオタイプに含まれます。

「あの年齢じゃ、しかたないわね。」等

 

海外では、(最近は日本でも)
やはり人種、性別、宗教観などもあります。

 

なぜ、このようなステレオタイプが
作られるのでしょうか?

いくつか理由がありますが
ここでは主に2つの理由を取り上げます。

1)「社会的刷り込み」
2) 脳の省エネ機能

 

1)「社会的刷り込み」

「社会的刷り込み」とは、
例えると
生まれたばかりの雛が、他の動物をみると、
それを親だと勘違いしてしまうことです。

子供の頃の吸収しやすい時期に、
親や重要な人物の信念、
大好きな物語などから教訓など
一般化された内容が外から内在化します。

さらに、人生経験から
自分なりに確立していくこともあります。

 

2)「脳の省エネ」機能

脳は重量が2%程度にもかかわらず
15-25%程度のエネルギーを使うため
できるだけ、物事を削除・一般化しやすくなります。

例えば、
街を歩いていても
全員の顔なんて覚えていません。

そうした重要でない情報は削除し、
街の風景にとけこんでいきます。

ステレオタイプを持つことは
脳が他の認知機能にエネルギーを回すためには
必要なことです。

また、社会的な刷り込みも
自己防衛本能から持った方が良いことも
たくさんあります。

そのため、偏見や差別に至らなくても
ステレオタイプは生じてきやすくなります

特に、疲れているなどのストレス状態や
体の不調や加齢などで、
脳の認知エネルギーが高く保てないときには、
このステレオタイプに気づかずに
そのまま偏見や差別として
表面化してくることが出てきます。

 

 

なんで才能に影響があるの?

この本では、次の前提があります。

ステレオタイプは、認知で使われ、
偏見は、感情で使われ
差別は、行動で使われる。

具体的には、
相手がAB型とわかり(ステレオタイプが発動)
風変わりな人のそばにいるとイライラする(という偏見が生じ)
だから、リーダーには推薦しない(差別)
という区別になります。

このステレオタイプによって
その人は、リーダーとしての能力があっても
選ばれなくなります。

もしかするとその集団やチームによっては
素晴らしい選択になるかもしれないことが、
現実化しなくなります。

 

さらに、ステレオタイプは
ときとして、他人、集団だけではなく
自分の才能や選択に影響を与えていきます。

 

この本にあった

「ステレオタイプの脅威」が
分断を生む土壌になる

という話でもその側面が現れています。


ステレオタイプの脅威とは、

個人が
何かの集団のメンバーを代表しているかのように
扱われてしまう

ことです。

 

一例は次の通りです。

・白人は「人種差別主義者だ」と思われるような
ステレオタイプを持たれるのが嫌で黒人と話をしない。

こうして自ら思考した脅威は
自己を防衛するように機能するため、
モチベーションとは関係なく
その人の知的機能を乗っ取り、
不快な感情からパフォーマンスにも影響し
タスクにかかる時間も増やしていきます。

ひいては、個人だけではなく
本来、集団や組織、社会の格差を生んだり、
生産性を阻害することにもつながっていきます。

 

人種というスケール感でなくとも
仕事やちょっとした集まりごとで
「出る杭は打たれる」的な脅威をどこかで学んでしまい
せっかくの才能を萎縮させてしまっては
もったいないことなのかもしれません。

 

「他人のまなざし」が自己を規制する

 

前回までのブログでもお伝えしましたが、
私たちのパート(≒自己)は、
ある社会や集団の中で
期待や評価を軸に形成されがちです。

 

これをファノンは
「他人の眼差しが自己を規制する」
と書いています。

 

例えば、
企業で成果だけで評価される環境にいると
評価されるような行動や能力を育み、
評価されない行動や能力は後回しにされることがあります。

そうなると、その環境では

評価を出した人=素晴らしい人
評価を出せなかった人=ダメな人

という暗黙の合意のような、空気のようなもので
他者からも自分でもそのような人間として
認識されていきます。

(人を単なる成果を生み出す対象としか見られなければ
それは機械と同じようにモノとしか
認識されていないように無意識に感じ取ります。

その認識で見つめられた人は
自分は人間としてみてもらいたいと反逆を起こすか

自分は単なる対象やモノとして扱われていることを
受け入れてしまい
自分で自分をディスカウントした扱いに
してしまうこともあります。)

 

さらに怖いのは、
それがあくまでパート(自分の一部)であるにもかかわらず

私は人間的に優れている、
私は人間的に劣っている、

などに一般化してしまい、
仕事以外の環境や状況の中でも
過去や別の人の眼差しを内在化し
自分を縛ってしまうことです。

 

どうやって自由を取り戻すか。。。

 

いくつかのアイデアがありますが
ここでは以下の2つを挙げておきます。

 

1つ目のアイデアは、
他人からの眼差しに絡めとられることを
拒否することです。

ファノンは、ある白人の女性から

「ほらハンサムじゃない、あの二グロ」と言われたときに
「奥さん、二グロがいい男だからってどうなんです。」

と返しました。
(「NHK100分で名著 『黒い皮膚・白い仮面』より)

他人からステレオタイプによって
認識されることを拒絶したのです。

あなたの周りにも
あなたに脅威を及ぼすような
ステレオタイプを持った人はいませんか?

自分が他者や社会に規定され
その枠組みに取り込まれっていると気づいたときに
いったん、その関係性から離れるのか、
敢然と、勇気を持って拒否することが必要です。

 

2つ目のアイデアは、
関係性、組織や社会において
安全・安心を感じられるようにすることです。

人は、好んで分断を求めているわけではありません。
マズローの言う「生存欲求」や「安全欲求」の欠乏など
本能に基づくものから生じています。

しかし、本書でも
関係性、組織や社会の様々なところに、
こうした欲求の欠乏を認識させるような
トリガーがあります。
(知人は、育休制度でこれを感じました。)

とくに、
目に見えないものは、
痛みがないと気づかないため

「それはおかしいだろう」と否定するのではなく、
こうしたことに痛みを感じている方の意見に
率直に耳を傾ける必要があります。

本書ではいくつか改善策を挙げていますので
ご参考にしてください。

 

個人的に始められることとしては
・対話の機会を持つ
・共感力を高める
・自己の気づきを高める
ことを人生の時間に取り入れることです。

 

特に、強烈なステレオタイプの中にいる人は
こうした関係性の中で時間を過ごし
本来の自分とつながることをお勧めします。

 

対話
ご存知の通り、勝ち負けではなく
いろいろは話を通して
自分のステレオタイプに気づけることや
周りの反応から、受け取り方の違いも
認識できるようになります。

とくに、目を見て話を聞いてもらうという
体験から、存在を認めているという非言語の
コミュニケーションがなされていきます。

 

共感をもつことは
感情を超えた
その人が本当に大切にしていることを
肯定する態度です。

そして、自分も同じ状況に置かれたら
人として、それを大切にしたいという衝動に
共鳴することです。

この機会を通して
「私」が「私たち」へと変化する
きっかけになります。

 

自己の気づきを高めるためには
先ほどの共鳴できる感覚を高めるために
必要なことであり、また、
組織や社会の関係性を高めるためには、

これまでお話ししてきた
自分の中にいる様々なパートとの関係性に気づき
そのパートの存在を受容し、尊重することです。

 

さらに、
もっと身近なところから始めるのならば

あなたが他者に向ける眼差し、
特に大切な人への眼差し、

その転換から
始めていくのはどうでしょうか?

 

目の前の人を自分の価値や信念とは異なっても
1人の尊い存在と認識し、

目の前の人の痛みや
目の前の人の可能性を見守り
その人にもつ癒しのプロセスや
イキイキとした生命力を信じるという
眼差しを向けることです。

 

人は
子供が親の存在を感じて
自由に遊べるように、
その眼差しがあることで
より自由になることができます。

 

そして、
その眼差しを自分に内在化できると
人の眼差しを得なくても
より自由に行動できるようになります。

 

これらは生まれつきの才能として持っている人もいますが、
技術として高めることができます。

NLPには、その技術があります。

アイデンティティは
私たちの才能、選択、モチベーションに
大きな影響を与えます。

これまでに社会化されてしまった
自己に内在されているアイデンティティをもう一度
大きな命のエネルギーに戻して
これから作り出す未来や環境に向けて
バランスの取れたアイデンティティを
生み出すことを私たちは支援しています。

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