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hiroのブログ

新春お慶び申し上げます。

本年もよろしくお願いします。

 

新年があけて、今日で10日目。
昨年から始めた神戸八社巡りを
3日間かけて終えてきました。

途中、雪などにも恵まれ
とても良い運動にもなりました。

神戸八社巡りとは?
https://www.shoko-dw.com/shrine8/

これとは別に、もう一つ
昨年の気づきからやってみたいことを
今週、始めました。

 

昨年の気づきとは、

 

大きな病気を経て、
死を意識したときに、
残りの時間をいかに過ごすかに
意識が向いたことに端を発します。

 

「リメンバー・ミー」(ディズニー 2018)という映画を
ご覧になったことはありますか?

 

この映画の中で、
人は、2回死ぬ、というセリフがあります。

 

それは、

・身体が消滅したとき
・死んだ後、覚えている人が誰もいなくなったとき
 (魂の死)

です。

 

「私」という意識が時間と空間のなかで
紡がれていくとき、
多くの人の出会いが支えとなっています。

「死」を意識したとき
私のことをもちろん覚えてほしいというのは
無意識にあるとは思います。

 

しかし、
私の気づき(意識)は、
そっちよりも
周りの人を自分が覚えていたい
ということでした。

 

これは、病院という周りの世界と断絶された場所で
覗き込んだ「自分の世界」に注意が向いたときに
生まれました。

 

自分の身体が消えたとき
この世界も消えます。

自分の世界に息づいていた
いろいろな人たちのことを
なぜか断ち切ってしまうように思えて
悲しみなのか、申し訳なさなのかが出てきました。

自分にとって近しい人からでも
時間が経って、
おぼろげになったつながりの紐を手繰ってみて、
この会わなかった期間の
新しいリソースや命の響きを共鳴したいという
想いをそこに見つけたのです。

 

そこから、具体的に
これまで私の講座を受講してくれた
何名かにお声がけして、

「内面から生まれるイキイキとした
 存在感につながり、
 社会における存在意義を
 お互いに認め合う」

時間を作ろうと決めました。

 

簡単に言うと
お互いの「生きがい」に触れたり

「わたしはここにいます。」
「私にはあなたが見えます。」

というメタ会話を交わすことです。

 

わたしはここにいます。

 

2時間ほどの時間でやったことは
非常にシンプルです。

・自分とつながる時間を取る。
・生きがいに関することを自分語りする。
・その話から共鳴したことを聴き手が伝え返す。

この3つです。

 

人の存在というのは、
オーセンティックなもの
語りの中に生まれてくるものがあります。
(それらはお互いに影響し合っています。)

 

とくに、コロナ禍の環境の中では
危機的な状況や、溢れる情報に翻弄されてしまい、
外部環境に行動や考えを規定され、恐れや不安などを
抱いたり
溢れる情報を整理できずに混乱し、
自分の頭の中で、自分語りをしてしまう結果、
身体が閉じてしまったり、感覚が麻痺してきたりします。

つまりは、
静かなところから生まれるエネルギーに
触れた自己を表現する機会がなかなか持てません。

 

また、自己認識は、
自分の気づけないところは気づけない
という至極、当たり前のところがあります。

 

「問い」はその人が気づけないところに
意識を向けることができます。

また同時に、言葉に含まれる「前提」を
リソースとして渡すこともできます。

「内面から生まれるイキイキとした存在感」

「社会における存在意義」

という言葉の響きから、

自分の内面にある無秩序な動きのなかに
どんな想いが
浮かび上がってくるのかを待ちます。

それらが浮かび上がると
自動的に過去や未来の時間軸に秩序立て、
生きがいを生きていこうとするストーリーができ、
そこを歩む自分の姿が意識に立ち上がってきます。

 

私にはあなたが見えます。

 

「問い」による気づきをもってしても、
まだ気づかない領域には、
他者の視点から言葉をもらうことで
より大きな自己へのピースが集まってきます。

 

今回、いろいろな話を聴くことで
逆境の中にも、前に進み、
立ち上がろうとする勇者のエネルギー

大切な人と離れたり、
逆に外に行けないことで深まる家族との
つながりや慈しみのエネルギー

溢れる情報や危機的な環境の中でも
自由にイキイキと生きようとしている
純粋さや創造的なエネルギー

ひとりひとりの自分語りの中に
こうした側面が現れてきます。

 

相手の話を聴く人たちも
NLPを学んだ成果が存分に発揮されたようで
心と身体がオープンにして、
そこに生まれてくるものを
お互いに目撃していきました。

ニューロ・ロジカル・レベルの
アイデンティティのレベルに
何が浮かび上がってくるのかを
静かに見守って行きます。

そして、
お互いが鏡のように映し合い
その人が話してくれたからこそ
自分の中に生まれてきた何かを感じて
言葉にして返して行きます。

この認め合うという行為によって
生まれたエネルギーから
共鳴し合うフィールドが生まれ、
モノラルなトーンから
倍音のように変化し広がっていきます。

 

自らの意識は、
日常的なパターンに捉われます。

周囲からの安心、かつ勇気づけられる
関係性においては、
いつものパターンより深いパターンに
触れることができます。

 

自分のつながりと人とのつながりという循環から
「存在する」という感覚がより増してくると

心の奥にある執着していたものが解き放たれて
普段は表現しない観点や生のリズム、言葉が生まれます。

 

それは、
自らが内側を流れる
魂の存在を認めることで
息を吹き返してくるから
です。

 

気づかれなかった魂が
周りによって存在として認められる。

そして、それを認める人にも
自らの魂が共鳴し合っているので

同じように、自らの魂の流れを体験したり、
もしくは、あなたの魂を保護しようとする
大きな自分へとつながっています。

 

それぞれがフィールドの中で
自然とバランス・ポイントに戻れると、

流れ(or 刺激)の強い環境や人間関係の中に
自分で舵を握って出航することができます。

 

やってみて、それぞれの在り様に感動しました。
だから、一番癒されたのは、
私だったかもしれません。
この豊かなフィールドの一部として
たくさんのギフトをもらえました。

参加してくれた皆様には
大切な時間と空間を重ねてくれて
感謝しています。

今年は
このような時間をつくっていきます。

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