「リソース」とは、その人が何か目的を持ったときにその目的を支えてくれるもの全てのことを言います。
もともと「リソース」は資源や資質が直訳ですが、場合によっては才能、能力、可能性や強みや支えてくれるものという言葉を使ったほうが適切な場合があります。
NLPでは「目指す結果」や「望ましい状態」を目指すときと「現状」との間のGAPを「可能性」とみなし、この「リソース」が適切に活用できれば、すべての物事は達成できると考えます。
一般的には、「目指す結果」や「望ましい状態」と「現状」を比較したとき、そのGAPを私たちは「足りないこと」「未熟なこと」「できないこと」と捉える傾向にあります。
NLPにおけるこの前提の効果は、自分や相手、世界を見てみるときに落ち入りがちな「足りない」や「できない、難しい」という前提の世界から、「十分満たされている」「何が活用できるのか?」という視点が得られる効果があります。
◾️「リソース」の理解を深めていきましょう。
例えば、あなたの近くにある「いす」は、部屋を広く使いたいときには邪魔ですし、歩くときは足をぶつける可能性もあるので、問題だとみることができますが、
一方で、勉強するときやリラックスするときには役立ち、あなたの目的を支えてくれる「リソース」になります。
リラックスしたいときには、他にもCDプレイヤーやベッドなどもリソースとなりえます。
さらに、リソースは、自分の外側にあるだけでなく、自分の内側にもあります。
例えば、NLPを学ぶのに、字が読めること、言葉がしゃべれることもリソースですし、幾分かコーチングや心理学を学んでいる方は、学んでいることもリソースになるでしょう。
また、学ぶことに意欲があるということも学びに役立つのでリソースになります。
もしかしたら、全く関係のない野球とか将棋とかの趣味でさえ、NLPを学ぶことに役立つことがあります。
つまり、知識や経験、自らの気持ちや感情、それに向かう心の状態なども「リソース」の概念に含まれます。
大事なことは、
自分自身のことを好きか嫌いかとか、これができるとかできないというのを決めているのは、 実はあなたがどれくらいこうしたリソースに気がついているかどうかなのです。
◾️どうして、十分なリソースがないと考えてしまうのか?
例えば、先ほどの言葉がしゃべれることなんかは、当たり前すぎてリソースという概念から外していませんでしたか?
これが行き過ぎると、自分ができることは当たり前のことにしてしまって、できないことばかりに目を向けてしまう人がいます。
これは、成長意欲を高める上では重要なことではあるのですが、これが常に「自分はOKでない」「リソースが足りない」という感覚を抱かせることにもなりかねません。
大切なことは、このリソースの豊富さに気づくことです。
無意識にリソースを発見できる力が、あなたの自己受容、自己信頼感、有能感や自己肯定感のベースとなるのです。
NLPで、私たちが取り扱う領域は、その人の気づいていないリソースというものをいかに発見して、その人の望むカタチに活用していくか、地図に浮上させていくかということなのです。
◾️この前提の事例をお話しすると・・・
「病気をして苦しんだ体験は、リソースなんですか?」
という質問がくることがあります。
私は、すべてのこれまでの体験はリソースとなる。と考えています。
実は、私も持病があり、相当苦しんだ経験もあります。
しかし振返ってみると、あの病気になったからこそ、あのときは身体を休めることができたし、今の楽しい人生が送れているといえるものがいくつかあります。
別の方は、自分の家族がどうも好きになれない。
しかし、結婚した後、そこで学んだことが役に立っていると言ってくれました。
つまり、一見問題だと思えるものの奥にもその人が気づいていない重要なリソースが潜んでいる可能性もあるわけです。
出来事はニュートラルです。
問題として認識しているのは、その人の体験の意味づけだけなのであって、
別の見方をすれば、そこから本人にとって役立つ見方を引き出すことも可能なのです。
だから、NLPを学ぶと、
問題の近くには必ずその人のリソースがある
という視点が持てるようになります。
そう考えると、すべての体験や現象はリソースとなりえると思いませんか?
こうした視点こそが問題の渦中に入っている人の中から、リソースを引き出すのに役立つのです。
種の中に、茎になり、葉になり、花になり、実をつけさらにまた種を創るすべてが内包されているように、あなたや相手の気づいていない無意識や潜在意識の領域にも、その可能性が内包されているのです。
NLPが取り扱う領域は、まさにこの無意識の領域なのです。
そして、NLPは地図を変化させる技術ですが、その変化はこのリソースに気づいていない状態から、リソースで満たされている状態(リソースフルな状態)に自らを、もしくは相手が自発的に導いていくことなのです。
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